先日の母の日に思い出した、鹿児島に入院していた時の母とのエピソードです。
(多少のギャグ要素や鹿児島の風景はありますが全体的に重いお話なので、「そういう気分じゃない」という方はご閲覧を控えた方がいいかもです)
いきなり本編を見てもわけがわからないと思いますので最初に補足をしておくと、私は高校2年生の時から摂食障害でして…
こんな風に少なくとも3回は失神して救急車で運ばれたことがあります。
そしてとうとう体重が20キロ台にまで落ちて、いつ死んでもおかしくない状態になったので、鹿児島で1回目の入院をしました。
これが1回目の入院の時のお話の一部で、他のお話はこちらに掲載しています。
約8か月の入院を経て回復し、退院後数年は元気に清掃業なんかやってたんですが、作業中に事故ったのをきっかけにコールセンターに転職したら再発し、体重23キロにまでなってしまったので再び鹿児島に入院することになりました。
今回のお話はその時のお話です。
1回目の入院の時は毎回母は面会に来てくれていたし面会がない週は電話で話してくれていたのですが、何故か2回目の時は面会にも来ないし電話も父にするように言われていました。
「何で?どうして?私は母にとってその程度の存在?もう母は私を見捨てたの?」
と毎日モヤモヤしていたのでなかなか思うように食べられず、何の為に頑張っているのかわからなくなって、ほとんどヤケクソでこんな決心をしました。
ここからやっと本編始まります。
長く重いお話にお付き合い頂きありがとうございました。
母に抱きしめられたのはこれが初めてだったような気がします。
実は他にも色々言いたい事や聞きたい事はあったのですが、「これを聞けただけもう十分」と思いました。
とはいえ摂食障害の根っこは深く、まだ食べる事に恐怖感があります。
でもやりたい事をやる為に頑張って食べてます(;´∀`)